私生活で何があろうと、学校で何があろうと、バイトには出ないといけない。
「ありがとうございましたー」
まあ、このコンビニはそんなに使命感を帯びて来るほどでもないかもしれないが。車でのアクセスが悪いこの店は夜にくる客がほとんどおらず、数十分来ないこともざらである。客が店からいなくなったので、少なくなっていたコーヒーカップを補充する。
「いやー、ヒマだね。とってもいいことだ」
バイトの先輩である山崎千歳がカウンターに腰掛けながら話しかけてきた。
「千歳さんも暇ならタバコの補充とかしててくださいよ」
「いいじゃん、まだ退勤まで4時間もあるし。焦ってやる作業でもないんだし」
まったく持ってそのとおりである。客の多い店なら客がいないときにして急いで補充しておくべきだが、この店はいつも客なんていない。ただ給料が発生しているのに何もせずにボーっとしているだけなのもどうかと思うのだが、山崎にとっては関係ないらしい。
「今日も大学で疲れたんだから、少しくらい休ませてよ」
「今期の講義全部オンラインだから楽~って、この前言ってませんでした?」
オンライン講義も疲れるもんだよと言い訳しながら、山崎は勤務中にもかかわらずドリンクの棚からペットボトルのコーヒーを取り出し、自分でバーコードを通して会計する。
「優弦はどうだった? 今日なんかあった?」
「……別に何にもなかったですよ」
山崎は初対面のときから下の名前で呼んでくる。本人曰く、名前か名字覚えやすい方で呼んでいるらしい。そのくせ、自分には下の名前で呼ぶよう強要してきたなんとも面倒くさい人である。
「ほんとに~? 可愛い女の子と話したりしてないの? あ、今話してるか」
「ははは…」
俺の愛想笑いに、山崎は不服そうな顔をしてコーヒーを飲む。まあ確かに山崎は可愛くはある。長くウェーブのかかったきれいな茶髪と、少し気だるげそうだが整った顔立ち、そしてコンビニの制服を着ていてもわかるくらいの破壊力のある胸。大学のミスコンでグランプリを取ったと嘘か本当かわからない事を言っていたが、案外本当なのかもしれない。
「まあでも、優弦はもう彼女作る気ないんでしょ?」
「まず作る相手もいませんよ」
「そっかー」
普通に流され、一瞬コーヒーを補充する手が止まる。否定してくれないとただのモテない男の自虐である。
「高校時代なんて一生に一度なんだからもっと恋愛したほうがいいよ」
「……そうですかね」
コーヒーの補充を終えて、カウンターの下に片付ける。高校生の恋愛に、そんなに価値のあるものだろうか。
「千歳さんは高校生の時彼氏いたんですか?」
「……そりゃあもういっぱいいっぱいよ」
絶対嘘だ。わかりやすく目線を逸らす山崎にため息をつく。
「いっぱいいっぱいおっぱいいっぱいよ」
「はあ…」
これが大学生のノリなんだろうか。たまに飛び出す下ネタにいつも反応に困ってしまう。しかもこっちがそういうことを言うととんでもなくイジってくるのがたちが悪い。
「ほら、これ廃棄だから持って帰っていいよ」
「ありがとうございます」
この店は廃棄持ち帰るのダメだからね~と言いながらいつも俺にホットスナックの廃棄を持たせてくれる。悪い先輩である。
「そういえば千歳さんは廃棄持って帰らないんですか?」
「この時間にこんなもの食べると体に悪いからね。あとこういうの食べるなら一緒にお酒もほしいし。お酒は廃棄出ないから残念だよね~」
……それを人に持って帰らせるのもどうなんだ。まあ男子高校生にとってありがたいことこの上ないので、廃棄になったホットスナックを袋に詰めて、事務所に置いてある自分のカバンに突っ込む。
今日も今日とて客が来ないこのコンビニは、それから数回レジを打っただけで気がつけば退勤時間になっていた。
「じゃあ、お疲れ様です」
「はい、おつかれ~。もっと女の子と楽しいことするんだよ~」
楽しいことと言われて放課後のことを思い出してしまい、頭を振る。まったく余計なお世話だ。カバンの中からホットスナックを取り出して、食べながら帰る。
明日来田西に会ったらなんて言えばいいのか。フライドチキンは冷えてぱさついてしまっていた。