「ねえ、東くん」
今日も授業が終わり、ホームルーム後足早々と教室から出ようとすると、担任の先生に声をかけられた。課題の出し忘れはないはずだが。
「なんですか」
「テスト、大丈夫?」
来週に控えているテストについての心配だった。
「はい、大丈夫です」
「本当? この前のテストは赤点が2科目あったらしいけど」
どうやらこの学校の情報の水平展開は万全に行われているようだった。確かにこの前のテストの点は散々だった。
「この前はちょっと調子が悪かっただけなので……」
「学校のテストの点は大学に進学するときにも必要なんだから、少なくとも赤点は取らないようにしなさいよ」
おばさん先生がみなそうである通り、うちの担任も生徒に対するサポートが手厚い。悪い言い方をするとお節介焼きだ。今進路がどうとか言われてもあまり実感がわかないし、やる気が起きない。
「頑張ります」
「う~ん……」
どうやらその返事だけでは不満だそうだ。どうやって先生のディフェンスを突破ものか。
「あ! ちょっと来田西さん」
急に来田西が呼ばれた。来田西も帰ろうとしていたところのようで、びっくりしている。来田西も点数が悪かったんだろうか。
「東くんに勉強教えてあげてくれない? あなた成績ずっとトップだし」
「え?」
「じゃあ、頼んだわね~」
「え? え!?」
それだけ言うと、先生は教室から去っていった。自分は生徒のことを引き止めるくせに、自分が帰るときは引き止める暇もないほど高速で去っていく。これがおばさんスキルなのか。
来田西を見るとなんで先生にそんなことを言われたのかわかっておらず困惑している。
「……えーっと、勉強を教えるんですか? 私が東くんに?」
「先生が勝手に行っただけだろ、俺は帰る」
そう言って帰ろうとすると、来田西に手を掴まれて帰るのを阻まれる。
「なに?」
「あ、いや、その…勉強しないんですか?」
聞き返すと、来田西は慌てて手を離した。
「自分の勉強くらい自分でできる」
「でも、このまま帰ったら私まで先生に怒られませんか?」
どうやら心配していたのは俺じゃなくて自分が先生に怒られるかどうかだったらしい。
「あんなの先生が適当に言っただけだろ」
俺は今度こそ教室を出る。すると、来田西もついてきた。
「成績悪いんですか?」
「来田西には関係ないだろ。自分でどうにかする」
「でも先生に頼まれましたし…」
「気にしなくていいだろ、なんか言われたら俺が逃げたって言えばいいし」
そう言っている間に、俺達は学校の外に出ていた。
「でも、成績が悪かったら進路に響きますよ? 大学も選べなくなるかも」
「そんな先のことどうでもいいだろ、どうにかなるだろうし」
本当に先生みたいなことを言うやつだ。委員長をやっているだけある。
「来田西だって自分の勉強があるだろ」
「私は大丈夫です。人に教えることも勉強になりますし」
ああ言えばこう言う。どうして引き剥がしたもんか。
「家までついてくる気なのか?」
「そんなつもりはないです。ただ勉強を教えないと……」
「そんな気がないって言ったって」
「なんですか?」
俺が急に歩みを止める。それといっしょに来田西が止まって不思議そうにする。周りを見て、ようやく気づいたらしい。
もう家についてしまった。さすが徒歩5分である。
「また家に上がり込む気なのか?」
「それは……」
早く帰ってくれないかなと思っていると、
「そうです。べ、勉強を教えないといけないので」
想定外の返事が来た。しかも謎に勢いが強い。
「そ、そうか……」
どうやら帰る気はなさそうだった。いつまで話していても離れてくれそうにない。まあ、家に上がらせるだけ上がらせて、とっとと返そう。
「じゃあもう、好きにしてくれ」
そう言って、俺はまた来田西を家に連れ込むことになってしまったのだった。
――う、うまくいった……!
私は再び東くんの家に入ることに成功した。いつの間にか東くんの家までついてきていたことにはびっくりしたけど、押しの強さでなんとかなった。
「飲み物なんかいる?」
「あ、いいんですか? じゃあコーヒーを…」
「ない。俺が飲めないから」
「え、じゃあ紅茶で…」
「紅茶もない。飲めない」
「じゃあ何ならあるんですか……」
なにがあるんだろうな、と言いながらキッチンで東くんが冷蔵庫を覗いている。意外と苦いものとかが苦手なんだろうか? 東くんは冷蔵庫から入っているだけの飲み物を出していく。オレンジジュース、コーラ、ソーダ……ルートビア? なんなんだろう、あれ。
「ルートビアってなんなんですか?」
「これ? なんかバイトの先輩がお土産でくれたんだよな。飲む?」
東くんバイトもしてるんだ。今日は新発見ばかりである。
「じゃあいただきます」
「おっけー」
そう言うと、東くんは冷蔵庫から出した缶のままテーブルに置いた。私がそれを開けると、プシュッと音がした。どうやら炭酸の入った飲み物らしい。嗅ごうとしたわけでもないのに、独特な匂いがするのがわかるくらい、他の飲み物にはない匂いだった。一口飲んでみると、甘い味と独特な匂いが混ざって感じる。
「どう? おいしい?」
「なんか…不思議な味がします……」
「飲んでみていい?」
「え? ……はい、ぜひ」
東くんにルートビアを渡すと、そのままぐいっと飲み始めた。少しすると、しわくちゃな顔で缶をテーブルに置く。
「俺これ苦手だ……」
私はテーブルに置かれた缶を取り戻して、東くんになにか言われる前に再び飲む。
「……? 来田西好きな味だったのか?」
「はい、好きな味でした。」
白々しく嘘を吐きながら、私は缶を味わうのだった。